男闘呼組
男闘呼組(おとこぐみ)は、ジャニーズ事務所からデビューしたロックバンド。
1985年3月結成。 1993年6月30日に解散。 2022年7月16日から2023年8月25日まで期間限定で再結成。
後身バンドは「
メンバー
- 成田昭次 (1968年8月1日生まれ。ボーカル&リードギター)
- 高橋和也 (1993年までの旧名:高橋一也。1969年5月20日生まれ。ボーカル&ベースギター)
- 岡本健一 (1969年5月21日生まれ。ボーカル&リズムギター)
- 前田耕陽
-
(1968年8月16日生まれ。ドラム → キーボード。一時パーカッション。ボーカル曲もあるが、主にコーラス担当) リーダー
脱退メンバー
- 守屋二郎 (1967年1月25日生まれ。ベースギター。特技:テニス)
-
結成時に参加したが「大学受験のため」との名目で最初に脱退。
- 土田一徳 (後の坂井一徳) (1969年6月28日生まれ。キーボード)
- 遠藤直人 (1969年4月20日生まれ。ショルダーキーボード → キーボード。一部の雑誌で「サイドギター」と誤植)
-
結成時から参加していたが、「やっぱりダンスがしたい」とジャニー喜多川に頼み、土田に続いて脱退。
バンドサポートメンバー
- 川久保裕生 (初代ドラマー。後のYOUSAY KAWAKUBO)
-
かわくぼ ゆうせい。 1968年4月14日、東京都港区白金台生まれ。新宿区育ち。愛称:ゆうびっと。ジャニー喜多川からの愛称:久保。
港区立白金小学校 → 5年生の終わりから新宿区立落合第一小学校、新宿区立落合第二中学校卒業。 そして明治大学付属中野八王子高校(全日制)から明治大学付属中野高校(定時制)に編入し、1989年3月に延べ5年かけて卒業。
赤坂でナイトクラブを経営していた母、そして兄の影響で音楽に親しみ、小学校時代からテクノポップ、ポップスのコピーバンドでドラムを担当。
1985年12月、明治大学付属中野八王子高校2年生の2学期の終わりに、同じクラスで隣の席だった前田耕陽から授業中に、 「男闘呼組が演奏できれば少年隊の武道館コンサートの前座でステージデビューさせてやるとジャニー喜多川から言われているので、ドラムを叩いてくれないか」とバンドに誘われる。 そして同月28日、渋谷エピキュラスのスタジオで男闘呼組のメンバーとリハーサルを行った。 そのリハーサルを見に来ていたジャニー喜多川が、メンバー全員を自ら運転する車で日本武道館へ連れていき、「You達は明日ここで前座をやれ。そして久保、オープニングはYouのドラムソロ」とジャニーから突然指示されるも、演奏は無事に成功。 直後にスタートしたバラエティ番組『アイドル花組おとこ組』にも、サポートドラマーとして出演した。
[1]、 [2]、 [3]
- 小関純匡 (二代目ドラマー)
-
こせき すみただ。 愛称:こせやん。 後に堂本剛のソロファンクプロジェクト「ENDLICHERI☆ENDLICHERI」のバックミュージシャンに。
また、高橋、前田と共に「Midnight Angel」も結成。
- 江口信夫 (三代目ドラマー)
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えぐち のぶお。 愛称:エロリン。 1958年10月5日生まれ。東京都出身。血液型:AB型。日本大学芸術学部放送学科卒業。
後に浜崎あゆみのバックバンドでドラムをしたり、松原秀樹らと共に「Vibes」のメンバーとしても活躍。
- 平山牧伸 (四代目ドラマー)
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ひらやま まきのぶ。 愛称:ヒラぽん (命名者は高橋一也)。 1966年6月30日生まれ。血液型:A型。 神奈川県川崎市多摩区出身。
1990年の大阪城ホールでのコンサートから参加。 2022年〜2023年の再結成時の男闘呼組のドラムも、青山英樹と共に担当。
「学校法人平山学園 菅幼稚園」を経営する裕福な家庭に育つ。 1974年の小学校2年生の時に、「多摩区剣道大会」で3位になったことがある。 天然ボケなイジられキャラと高めの声が特徴。 泣き上戸。 趣味はラジコンで、「ラジコンサーキット ヒラポン」も経営。 愛車は黒のフェラーリ。
男闘呼組解散後は、「大事MANブラザーズバンド」のドラムに。 1997年から2001年までは成田と共に「INORGANIC」として活動。 更にフジテレビ『ミュージックフェア』の専属バックドラマーも務めた他、ダイアモンド☆ユカイ、國府田マリ子、桑名正博など、サポート歴多数。 また、光GENJI、タッキー&翼のレコーディングに参加したこともある (ライブのバックバンドには不参加)。
2014年、椎名純平、いまみちともたか、岡雄三と共にロックバンド「ヒトサライ」を結成。
この他、平山は歌が上手く、2018年2月27日にはテレビ朝日『お願い!ランキング』に出演し、風邪を引いている状態の中、カラオケで松田聖子の『瞳はダイアモンド』を歌唱披露し、93.131点を出した。 更に3月14日にも同番組に出演し、風邪が治った状態で荒井由実の『卒業写真』をカラオケで歌った結果、95.905点を記録した。
- 青山英樹 (五代目ドラマー)
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あおやま ひでき。 1986年8月29日生まれ。神奈川県出身。日本芸術高等学園卒業。既婚。日本芸術専門学校の講師も務める。
2022年〜2023年の再結成時の男闘呼組のドラムを平山牧伸と共に担当。 男闘呼組の後身バンド「Rockon Social Club 」(略称:RSC)、および成田昭次率いるバンド「成田商事」にも参加。
父親はプロドラマーの青山純(1957年3月10日 - 2013年12月3日。56歳没)。 弟の青山友樹(あおやま ゆうき。1988年10月12日 - 2018年8月21日。29歳没)もロックバンド「nano.RIPE」のドラマーとして活躍した。
- 田中厚 (キーボード担当)
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たなか あつし。 愛称:あっちゃん。 キーボードを演奏出来なかった前田の穴を埋めるために参加。
コンサートでのメンバー紹介の際には、バンド内にキーボードが2人も居るという矛盾点を不自然に思わせないよう、あえて“ピアノ”と紹介されていた。
後にDJをやったり、レゲエジャムバンド「goyon」のキーボーディストとなった。
- デビン木下 (再結成時のキーボード担当)
- バラエティ番組『アイドル花組おとこ組』内での当て振り演奏メンバー
概要
前々身バンドからのメンバー変遷
- 成田、高橋、諸星 (1984年夏)
- 成田、高橋、岡本、守屋、遠藤 (1984年12月〜1985年2月)
- 成田、高橋、岡本、守屋、遠藤、前田 (1985年2月〜3月)
- 成田、高橋、岡本、遠藤、前田、土田 (1985年3月〜4月)
- 成田、高橋、岡本、遠藤、前田 (1985年4月〜5月)
- 成田、高橋、岡本、前田 (1985年5月〜)
グループの成り立ち
- 1984年夏、ジャニーズ事務所の合宿所にて、仲の良かった成田と高橋、そして静岡から遊びに来ていた坊主頭の諸星和己の3名で、プライベートバンド「でたらめロックバンド」を結成。
- 同年12月、成田、高橋、岡本、守屋、遠藤の5名で、「東京」と書かれた鉢巻きを頭に締めて、明治製菓のチョコレート「アーモンドゴールド」のCM撮影を行い、CMソング『誠 ほれたぜ』もレコーディング (CMのオンエア開始は1985年2月から)。
この5名で、雑誌『週刊セブンティーン』(1985年1月8日&15日合併号)に「ジャニーズ・ジュニア」名義で初登場し、1985年の春にレコードデビューする予定だと報じられる。
- 続いて、雑誌『ザ・ベスト・ワン』と『マイアイドル』の1985年3月号(撮影時期は1984年12月末)には、主要メンバーとして成田、高橋、岡本の3名のみで、やはり「ジャニーズ・ジュニア」として登場。
『ザ・ベスト・ワン』でも、1985年の春にレコードデビューする予定だと報じられた。
一方、雑誌『月刊明星』と『月刊平凡』の1985年3月号では、「東京」のグループ名が発表された。 『月刊明星』には5名で登場。
- 1984年12月に撮影された「アーモンドゴールド」のCMが、1985年2月よりオンエア開始。
そして同2月、月刊平凡での投票が上位だったとのことで、前田が新たに加入。計6名となる。
- 1985年3月、グループ名を正式に「男闘呼組」に改名。
『週刊セブンティーン』(同年3月19日号)にて「男闘呼組」の名称がいち早く伝えられる。
(掲載メンバーは成田、高橋、岡本の3名のみ。また、この春に予定されていたレコードデビューはしばらく先になることも伝えられた)
- 1985年4月3日より、主要メンバーである成田、高橋、岡本の3名が、テレビ朝日『欽ちゃんのどこまでやるの!?』にレギュラー出演。(遠藤、前田、土田の3名はバンド演奏がある時のみに出演)
- 同年4月より、主要メンバーとして成田、高橋、岡本の3名のみで出演した明治製菓のチョコスナック「おばけランド」のCMが放送開始。
同じく4月、ジャニーズファミリークラブに「男闘呼組情報局」が設置される。
- 同年4月末、5名全員で「アーモンドゴールド」の第2バージョンCMを神宮外苑で撮影。(オンエア開始は同年9月から)
- 同年5月、キーボード担当だった遠藤も、「やっぱりダンスがしたい」とジャニー喜多川に頼んで脱退 (後に「少年忍者」のメンバーに)。
これを機に、前田の担当楽器がドラムからキーボードにチェンジ。
以後、2人のプロミュージシャン(ドラムとキーボード)をサポートメンバーとして迎え、6人編成のバンドスタイルで活動していくこととなる。
(キーボードがバンド内に2名存在したのは、前田が実際はキーボードを演奏出来なかったため)
- 『マイアイドル』(1985年8月号、小学館)にて初めて雑誌の表紙を飾る。
- 雑誌『週刊セブンティーン』(1985年10月1日号)にて、リサ・ステッグマイヤー、ブランディ、アヤと共にファッションモデルとして掲載。
ロケ地として使用された「国立近代美術館 工芸館」は、かつてフォーリーブスがデビューシングル『オリビアの調べ』のレコードジャケット撮影で使用した建物。
- 1985年12月29日と1986年1月4日に、「少年隊スペシャルコンサート」に出演。
- 1986年1月8日、初の冠レギュラー番組『アイドル花組おとこ組』が放送開始。
- 同年4月より、念願だったファーストコンサートツアー「ヤングコミュニケーション ’86 〜祭 PART1〜」を開催 (4月27日:名古屋市民会館、29日:大阪厚生年金会館、5月4日:東京厚生年金会館)。 このツアーには、すぐに男闘呼組を脱退となってしまった土田一徳も、キーボードとMCでゲスト出演した。
- 1987年1月1日、日本武道館で行われた少年隊のコンサート「NEW YEAR CONCERT ’87」にゲスト出演し、『TENSION!』を披露。
- 同年3月4日、フジテレビ『夜のヒットスタジオ』に初出演し、『TENSION!』を披露。
- 同年8月3日、『Made in U.S.A』(VHS、Beta)にてビデオデビュー。
- 同年8月13日、TBS『ザ・ベストテン』にスポットライトゲストとして初出演し、『STAND OUT ! !』を披露。
- 同年10月、主演映画『ロックよ、静かに流れよ』の撮影開始。
- 1988年2月20日、映画『ロックよ、静かに流れよ』公開。 珠玉の名作として名高い当作品において、男闘呼組は「第43回 毎日映画コンクール」にてスポニチグランプリ新人賞、「第10回 ヨコハマ映画祭」にて最優秀新人賞を受賞した。
- 同年8月24日、『DAYBREAK』でレコードデビュー(オリコン最高1位、年間4位)。 同年の日本レコード大賞では最優秀新人賞も受賞し、NHK紅白歌合戦にも出場した。
アイドルグループであった一方、“本格派ロックバンド”をコンセプトにもしており、レコードデビュー時のキャッチフレーズは「ジャニーズ事務所のおちこぼれ」だった。
(ちなみにデビューより半年前に発売された雑誌『Duet』1988年3月号では、「男は闘いを呼ぶ。男は闘いしか呼べない・・・。」というキャッチコピーも提示された)
『DAYBREAK』に続いて、『秋』、『TIME ZONE』などのヒット曲を発表していき、 1991年のシングル『ANGEL』からは自作曲が中心となる。
なお、レコードデビュー以前から既にメディアへの露出が多かったことや、事務所側の期待が大きかったこともあり、レコードデビューより1年半前の1987年3月の時点で、当時の音楽番組の雄であったフジテレビ『夜のヒットスタジオ』への初出演を果たしている。
- 1993年6月30日付で、突如グループが活動休止(実質的な解散)となる。
予定されていたその年の夏のコンサートツアーも、全公演のチケットが完売だったにもかかわらず、何の説明も無いままで全て中止となってしまった。
当時この解散劇については全くの謎とされていたが、後に高橋が「一也」から「和也」に改名した際の女性週刊誌のインタビュー記事にて初めて明らかとなった。 まず、以前から高橋による事務所に対しての反抗的な行いが続いており、これに事務所の副社長・メリー喜多川が激怒。 更に高橋には当時、違法ドラッグの使用疑惑もあったため、1993年6月30日付で高橋を解雇。 この解雇を受け、他の3人のメンバーは「一也がいないんだったら男闘呼組はやらない」となり、グループは活動休止を余儀なくされ、解散となった。
以後、高橋はジャニーズ事務所のタレントと共演することを許されていなかったが、1997年4月3日放送の日本テレビの単発ドラマ『院内感染』にて、4年ぶりとなるジャニーズタレント(岡本健一)との共演が実現した。
- 解散後は、成田はシンガーソングライターとして、高橋、岡本、前田の3名は主に俳優として活動。
- 男闘呼組を強制解散させたメリー喜多川が2021年8月14日に93歳で逝去。
続いてこれを受けるかのように、同年10月31日に岡本がジャニーズ事務所との専属契約を終了して退所し、翌11月1日付で同事務所との「エージェント契約」(業務提携)に移行。
更に11月には、岡本がかつて組んでいたバンド「ADDICT OF THE TRIP MINDS」も再結成した。
- 2022年7月13日、ローソンチケットの予約サイトに「男闘呼組 1988」と銘打たれた謎のライブ情報が出現する。
そして7月16日、男闘呼組が解散から29年の時を経て、2023年8月までの期間限定で活動を行うと発表し、特設サイトの開設と、2022年5月20日から秘かに用意していたTwitterアカウントでの告知活動を開始した。 同16日には、大型音楽特番『音楽の日 2022』(TBS)に4人揃ってVTR出演し、『TIME ZONE』、『DAYBREAK』、『パズル』の3曲を披露。 サポートドラマーは、成田昭次率いるバンド「成田商事」の青山英樹。 そしてVTRの収録現場には、当番組の総合司会を務める予定だった後輩の中居正広も自主的に駆け付けた。[1]
(中居はその後、急性虫垂炎を発症して入院。番組放送時はTBSの江藤愛アナウンサーが中居の代役司会を務めた)
- 2022年10月1日、グッズ販売サイト「男闘呼組 official store」を開設。
- 2022年10月と12月に、再結成ライブ「男闘呼組 1988」を東名阪で開催。 全席税込1万2,500円。 計6万人を動員。
- 東京ガーデンシアター
-
(キャパシティ:約8,000人。10月15日、16日、12月26日、27日、各日2回公演。
うち、10月15日・16日・12月27日の3日間のオープニングアクトは高橋和也の長男・耕太郎と三男・海斗による音楽ユニット「Tokyo Plastic Boy」が務めた。
そして10月16日のライブは2公演とも、全国45ヶ所のイオンシネマでライブブューイングもされた。各上映とも税込5,000円。
また、最初の10月の公演には15万を超える申し込みが殺到した。
10月15日には佐藤アツヒロ、木村拓哉、生田斗真、氣志團の綾小路翔、GLAYのTAKUROとHISASHI、 10月16日には柳沢超、正木慎也、松岡昌宏、櫻井翔、戸塚祥太、岡本圭人、 12月26日には田代秀高が観に訪れた) - 名古屋国際会議場 センチュリーホール (キャパシティ:3,012席。12月15日、2回公演)
- 大阪城ホール (キャパシティ:1万人前後。12月17日、18日、各日2回公演)
- 東京ガーデンシアター
- 2022年12月、元「JUN SKY WALKER(S)」のベーシスト・寺岡呼人プロデュースのもと、男闘呼組の後身バンド「
Rockon Social Club 」(略称:RSC)を結成。
- 2022年12月30日、TBS『第64回 輝く!日本レコード大賞』にて男闘呼組が特別賞を受賞し、『TIME ZONE』、『DAYBREAK』、『パズル』の3曲を披露。
- 2023年4月から7月にかけ、ラストライブツアー「男闘呼組 2023 THE LAST LIVE」(21都市48公演)を開催。
30年前に決定していながら、突然の強制解散によって公演中止となった会場(13都市16公演)を中心にセレクトされた。
- 4月28日&29日 - 大阪フェスティバルホール (各日2回公演)
- 5月4日&5日 - 東京ガーデンシアター
- 5月11日 - トークネットホール仙台 (2回公演)
- 5月12日 - 大宮ソニックシティ (2回公演)
- 5月14日 - 群馬・ベイシア文化ホール (2回公演)
- 5月25日&26日 - 名古屋国際会議場 センチュリーホール (各日2回公演)
- 6月2日 - 福岡サンパレス (2回公演)
- 6月4日 - 熊本城ホールメインホール (2回公演)
- 6月8日&9日 - 広島・アステールプラザ 大ホール (各日2回公演)
- 6月15日 - 神奈川県民ホール (2回公演)
- 6月16日 - 市川市文化会館 (2回公演)
- 6月29日 - 松山市民会館 (2回公演)
- 6月30日 - 香川・レクザムホール (2回公演)
- 7月2日 - 鹿児島・宝山ホール
- 7月4日 - 長崎・ブリックホール
- 7月10日&11日 - 大阪・オリックス劇場 (各日2回公演)
- 7月13日 - ロームシアター京都 メインホール (2回公演)
- 7月14日 - 神戸国際会館 こくさいホール (2回公演)
- 7月17日 - 新潟県民会館 大ホール
- 7月22日 - 金沢・本多の森ホール
- 7月25日 - 札幌文化芸術劇場hitaru (2回公演)
- 7月30日 - 静岡市民文化会館 大ホール (2回公演)
- 同年8月16日・17日・24日・25日、「男闘呼組 LAST FOREVER」と題し、日本武道館で4DAYSコンサートを開催。
エピソード
- 歌番組で曲を披露している最中は、どれだけテレビカメラが接近しても、メンバー全員が絶対にカメラを見ることなく、意識的に目線を外しながら演奏するのが特徴だった。
- 男闘呼組の解散に関して、ファンの間ではいくつかの見解に分かれている。
- 高橋が素行不良で1993年6月30日付で解雇されたことによりグループを脱退。この時をもって解散。(これが一般的な見方であり、高橋本人も女性週刊誌のインタビューにて、事務所を解雇された経緯とグループの解散を語っている)
- 1994年の春に男闘呼組のファンクラブが閉鎖となったため、この時が解散。
- そもそも男闘呼組は解散宣言をしていない。「高橋が解雇されたからグループも解散」というのは一部のマスコミの意見であり、あくまで“活動休止状態”に過ぎない。
- デビュー前より音楽的趣向が強く、後にコンサートにて「ペンライトは使うな!」と呼びかけるようになった。 また、イメージ的にパンクロック的な乗りを持っており、「ビートルズなんてクズだ!」という発言をしてしまったため、当時の音楽ファンから大きな非難を浴びたこともある。 “所詮はジャニーズのアイドルバンド”との偏見や批判の声もあったが、4枚目のアルバム以降はメンバー自身が作詞・作曲を手掛けるのが常となってアーティスト色も強まり、アイドルバンドとの呼び声も消えていった。 後に前田はバラエティ番組内で、楽器経験のなかった前田自身は「初期は演奏しているフリだけだったが、自作曲をプレイしていた後期は演奏を行っていた」と語っている。
- 成田と岡本は事務所の先輩の野村義男に師事してギターを学んだ。(その後、SMAPの木村拓哉が岡本にギターを師事している)
- 1991年に出演したバラエティ番組『ナリキーばんど講座』(TBS)にて、各自のサウンドルーツとして以下を挙げている。
- 成田昭次 - 子門真人、ベンチャーズ、クールス、ストレイ・キャッツ、マイケル・シェンカー・グループ、UFO、スティーヴィー・レイ・ヴォーン、ロバート・クレイ、マーク・ノップラー
- 高橋和也 - 渡辺真知子、世良公則&ツイスト、キャロル、アナーキー、ザ・スターリン、セックス・ピストルズ、ローリング・ストーンズ、ジョン・レノン、ピンク・フロイド、ハンク・ウィリアムス Jr.、リンダ・ロンシュタット、リッキー・リー・ジョーンズ
- 岡本健一 - エルヴィス・プレスリー、オスカー・ピーターソン、デュラン・デュラン、ピンク・フロイド、ラブ・アンド・ロケッツ、グレイトフル・デッド、チェット・ベイカー、トム・ウェイツ
- 前田耕陽 - オフコース、浜田省吾、デュラン・デュラン、ヴァン・ヘイレン、ジャーニー、ジョー・コッカー、ジェフ・レビン、リチャード・マークス
- 最初の頃はグループのリーダーを決めていなかったが、六本木のライブハウスで行われたレコードデビューの記者会見で、「リーダーは誰ですか?」と質問された際に、高橋が思い付きで勝手に「リーダーは耕陽です」と言ったせいで、前田がリーダーとなった。 その後、「車の中でジャンケンで決めた。勝った者ではなく負けた者(前田)がリーダーになった」という後付けの創作エピソードも幾度か語られた。 なお、高橋が前田の名前を挙げたのは、前田がメンバーの中で一番朝に強く、早起きが出来るからという理由もあった。
- 1990年半ばまで、新宿・歌舞伎町の靖国通り沿いのビルの上に「男闘呼組」という名前のカラオケBOXが存在していた。
なお、池袋東口の路地裏には「タモリ」という名前のカラオケBOXも1990年代後半まで存在した。
また、2009年9月26日には大阪・宗右衛門町にも「男闘呼組」という名前のホストクラブがオープンしている。
- 2ndアルバムに収録されている『赤ちょうちんでくらせ』(作詞・作曲:高橋、歌:高橋&成田)と、3rdアルバムに収録されている『自分勝手』(作詞:高橋、作曲・歌:高橋&成田)は、ジャニーズ事務所に対する不満を込めた内容の曲だと言われている。
- 2008年1月24日、関西方面のローカルワイドショー番組『なるトモ!』(よみうりテレビ)にて、前田がレギュラーとして参加している木曜日に高橋がゲスト出演。 13年ぶりとなるテレビ共演を果たした。 その際、前田は「せっかくグループの時の服を着てきたのに、高橋は普通の格好をしてきた」と言って笑いを誘っていた。
主な出演作品
※ ソロ出演作は各メンバーの項目に記載。
バラエティ番組
- 欽ちゃんのどこまでやるの!? (1985年4月3日 - 7月3日、テレビ朝日)
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司会の萩本欽一が休養していた3ヶ月の間、成田、高橋、岡本の3名がレギュラー出演。
パステル系の黄、桃、緑のカラーを使った黒衣(くろご)の衣装を着てコントに出演したり、エンディングテーマ『ちょっと待ってどこまでやるの!』も歌っていた。
遠藤、前田、土田の3名も、バンド演奏がある時にのみ出演していたが、遠藤と土田はグループ脱退のためすぐに降板。
なお、男闘呼組がレコードデビューしてから約1年後、番組で競演していたコサキン(小堺一機&関根勤)のラジオ番組にゲスト出演した際、「あの番組に出てたことは忘れたい」と口々に語り、スタジオを凍り付かせたというエピソードがある。
- コント山口君と竹田君のおじゃまします (1985年9月17日 - 11月1日、TBS)
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高橋一也がレギュラー出演していた番組で、男闘呼組もゲストという形で多数出演した。
新宿駅東南口の新宿国際会館ビル5階のストリップ劇場「新宿ミュージック劇場」を改装し、1985年8月10日に開場したばかりの喜劇常打ち小屋「新宿コメディシアター」からの生放送。 制作:東阪企画、演出:澤田隆治。
低視聴率のため、わずか1ヶ月半という超短命で早々に打ち切りとなり、最終回では演出の澤田が視聴者に、番組打ち切りの旨を謝罪発表した。
(新宿コメディシアターは1990年頃に閉場し、カラオケBOX店「747」に。 その後、2014年8月にビル自体が解体され、2017年6月竣工の新ビルにはパチンコ店「ベガスベガス新宿東南口店」と、ドン・キホーテ新宿東南口店が入った)
- キンキンの歌え!新婚カンコン (フジテレビ) 長崎での収録時にゲスト出演
- アイドル花組おとこ組 (1986年1月8日 - 3月26日、日本テレビ)
- ヤンヤン歌うスタジオ (テレビ東京)
- ここんちプラネッと! (1986年4月16日 - 8月27日、テレビ東京)
- ロッテ 歌のアルバムNOW (TBS)
- マクドナルドクイズスタジアム (1986年12月、日本テレビ)
-
神宮球場で少年忍者をバックに『フィクションストーリー』を披露。
- 夜のヒットスタジオ (フジテレビ) 総出演回数:25回。内1回は成田のみ。
- ギブUPまで待てない ! ! ワールドプロレスリング (1987年4月 - 9月、テレビ朝日)
- 森田一義アワー 笑っていいとも! 「テレフォンショッキング」ゲスト
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(1987年9月16日〔高橋と前田が出演〕、1988年11月14日〔4名で出演〕、フジテレビ)
- 第8回 プロ野球オールスター大運動会 (1988年1月1日、テレビ東京)
-
明治神宮野球場にて開催。 光GENJIと共にハーフタイムショーに出演。
- 歌え!アイドルど〜む (1987年 - 1988年、テレビ東京)
- NHK紅白歌合戦 (NHK総合)
- 1988年12月31日 - 『DAYBREAK』
- 1989年12月31日 - 『TIME ZONE』
- 歌のビッグファイト! (1989年、テレビ東京)
- フラッシュ&ジャンプ (少年隊、光GENJI、少年忍者、SMAP、平家派と共に出演した音楽番組)
- 1989年6月11日:NHK BS2、7月22日:NHK総合
- 1989年9月24日:NHK BS2、10月10日:NHK総合
- 1990年2月1日:NHK BS2、2月11日:NHK総合
- 1990年7月7日:NHK BS2、7月21日:NHK総合
- ナリキーばんど講座 (1991年、TBS)
- 君と・い・つ・ま・で・も (1992年8月、テレビ朝日) 成田と前田がゲスト出演
- 音楽の日 2022 (2022年7月16日、TBS)
-
VTR出演。『TIME ZONE』、『DAYBREAK』、『パズル』の3曲を披露。
同年7月22日放送のTBS『中居正広の金曜日のスマイルたちへ 緊急収録で中居&安住「音楽の日」延長戦!』でも、スピンオフ企画として『音楽の日 2022』での男闘呼組の出演シーンがノーカットで再放送され、中居からも男闘呼組について語られた。 - 第64回 輝く!日本レコード大賞 (2022年12月30日、TBS)
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『TIME ZONE』、『DAYBREAK』、『パズル』の3曲を披露。
- 中居正広の金曜日のスマイルたちへ (2023年3月24日、続編:4月7日、TBS) 中居正広と共演
- 突然ですが占ってもいいですか? (2023年4月24日、フジテレビ) 高橋と前田が出演
- SONGS (2023年6月8日、NHK総合)
- 他多数・・・
テレビドラマ
連続ドラマ
- 野性登場 (1986年、テレビ東京『ここんちプラネッと!』内のドラマ)
- 『ヤンヤン歌うスタジオ』内の5分枠ドラマ (テレビ東京)
- 野性誕生 (1986年10月 - )
- Be!Boys 〜 未完成青春曲
- ボクの姉キはパイロット! (1987年8月18日 - 9月22日、全6回、TBS)
- オトコだろッ! (1988年7月21日 - 9月22日、全8回、フジテレビ)
全8回の内1回はメイキング編 (1988年8月18日放送) - あぶない少年V (1988年 - 1989年、テレビ東京)
単発ドラマ
- スター・バラエティ 「南青山ハッピー通り」 (1987年1月2日、NHK総合)
44分番組。 収録日は1986年12月10日。 - 不倫の構図を追え! 写激狩人フォトハンターU 〜 秘湯にけむる家元夫人醜聞の現場
(1987年4月6日、テレビ東京・ドラマ 女の手記)
映画
- ロックよ、静かに流れよ (1988年2月20日、東宝)
- 少年武道館 (1988年2月20日、東宝)
- 男闘呼組 1988 (2022年10月16日)
-
東京ガーデンシアターで開催された再結成ライブ「男闘呼組 1988」のライブビューイング。 全国45ヶ所のイオンシネマにて昼公演・夜公演の2回、中継上映された。
各上映とも税込5,000円)
舞台
- 少年たち
-
少年隊のコンサートツアー内でのミュージカル。
1985年8月3日&4日:愛知厚生年金会館、8月6日:大阪厚生年金会館、8月10日&11日:中野サンプラザホール。
中村繁之、ジャニーズJr.も共演。
- 1stコンサートツアー「ヤングコミュニケーション ’86 〜祭 PART1〜」内でのミニミュージカル
-
(1986年4月27日:名古屋市民会館、29日:大阪厚生年金会館、5月4日:東京厚生年金会館)
- 2ndコンサートツアー「男闘呼組 夏祭」内でのミニミュージカル
-
(1986年7月24日:大阪厚生年金会館、26日:名古屋市民会館、8月3日:中野サンプラザホール)
- the Slub Boys (1993年6月5日 - 30日、PARCO劇場)
ラジオ
- いくぞ!男闘呼組 (1986年10月 - 、文化放送)
- Teen'sギャング男闘呼組
-
(1987年4月 - 9月、文化放送『東京っ子NIGHT お遊びジョーズ ! !』内)
- ワイルドKNIGHTS男闘呼組
-
(1987年10月12日 - 1988年3月までは『15はドキドキ ピンクコング』内、1988年4月からは再び『お遊びジョーズ ! !』内で放送。 文化放送)
- 男 DE NIGHT! (ニッポン放送)
- 男 DE NIGHT! ぶっちぎり爆走LIVE
-
(1990年3月21日、ニッポン放送。 X JAPAN〔当時は「X」〕のTOSHIとTAIJIがLIVEにゲスト参加した)
- ミッドナイト・スペシャル Part1
-
(ABCラジオ。一夜限りの放送。 翌日放送分のPart2はSMAPがパーソナリティを担当)
- MISIAのオールナイトニッポンGOLD (2023年3月3日、ニッポン放送) 番組最終回に成田と岡本がゲスト出演
- ロッキンレディオ (2023年5月29日、熊本シティエフエム) 岡本と前田がゲスト出演
- 朝リズム (2023年5月31日、熊本シティエフエム) 岡本と前田がゲスト出演
- FMK InStyle (2023年5月31日、エフエム熊本) 「ミュージックツリー」のコーナーに岡本と前田がゲスト出演
CM
- 明治製菓 チョコスナック 「おばけランド」 (1985年4月 - ) 成田、高橋、岡本の3名
- 明治製菓 「アーモンドゴールド」 第2弾バージョン (1985年9月 - 。ロケ地:神宮外苑)
-
成田、高橋、岡本、遠藤、前田の5名で出演。 テーマソングの『誠 ほれたぜ』は、第1弾の時よりもスローバージョンになり、歌詞も一部変えられている。
また、高橋、遠藤、前田の3名が当CMでバック転を披露している。
- バラエティ番組『アイドル花組おとこ組』の番宣CM (1986年) 少年隊と共演
- 服部セイコー 腕時計 「AVENUE」 (1989年1月 - )
-
ロケ地は北海道稚内市の稚内港にある北防波堤ドーム。
歌番組『ザ・ベストテン』(TBS)では、この場所からの中継で歌を披露したこともあった。
- 江崎グリコ 「アーモンドチョコレート」 (1989年)
WEB
- コメント動画 (2023年3月22日、Twitterアカウント「中居正広の金スマ【公式】」 / TikTokアカウント「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」) [1]、 [2]
- 前編 男闘呼組 再結成秘話「昭次のメアドが神のお告げのように…」27年ぶりの再会に「せっかく4人で集まるなら、まず音を出そう」とスタジオへ (2023年5月2日、婦人公論.jp)
- 後編 男闘呼組 30年ぶり再結成、そして8月25日に解散。「50歳過ぎて必死に、怖いくらいの思いでステージに」「なぜ復活したのか、その意義を見せたい」 (2023年5月2日、婦人公論.jp)
ディスコグラフィ
シングル

- DAYBREAK (1988年8月24日)
-
略称:デイブレ。
8月24日と31日の2週に渡り、カップリング曲とジャケットの異なるバージョン4種を、2種類ずつ発売。
オリコンのシングルチャートにおいて、“CD”としては日本で初の週間1位となったシングルでもある。
また、1988年度のオリコン年間順位4位でもある。
- 8月24日 - 「ロックよ静かに流れよ −Crossin' Heart−」 (同名映画の主題歌)
- 8月24日 - 「第二章 追憶の挽歌」 (テレビドラマ『オトコだろッ!』の主題歌)
- 8月31日 - 「Stand Out」 (テレビドラマ『ボクの姉キはパイロット! 』の主題歌)
- 8月31日 - 「Midnight Train」
-
(プロレス番組『ギブUPまで待てない ! ! ワールドプロレスリング』のエンディングテーマ。後にジャニーズの後輩たちが代々カバー。
THE GOOD-BYEの2ndアルバム『Good Vibrations』に収録されている「Midnight Train」とは同名異曲)
- 秋 c/w LONELY... (1988年12月27日)
- TIME ZONE c/w 秋 −IT'S A BALLAD− (1989年2月28日)
-
A面曲は服部セイコー「AVENUE」のCMソング。 後にジャニーズJr.もカバー。
- CROSS TO YOU c/w ROCKIN' MY SOUL (1989年8月2日) 両A面シングル
- DON'T SLEEP c/w MY LIFE (1990年1月24日)
- ANGEL c/w TEARS (1991年1月17日)
-
発売日にイラクで湾岸戦争が開戦。イラクが空爆される深夜ニュースの映像を観てショックを受けた高橋の提案で、後日撮影されたA面曲のミュージックビデオには、湾岸戦争からインスパイアされたシーンが盛り込まれた。
なお、2005年にリリースされたNEWSの楽曲『LOVE SONG』(山下智久のソロ曲。作詞・作曲:山下智久。アルバム『touch』収録)のメロディーの一部が、『ANGEL』に酷似している。 - 眠りにつく前に c/w やってるね (1992年6月3日)
- THURSDAY MORNING c/w みんな仲よし (1992年7月1日)
-
B面曲のミュージックビデオのロケ地は、サポートドラマー・平山牧伸の実家が経営する幼稚園の園庭。
- THE FRONT c/w 目で見ちゃだめさ (1992年8月5日)
-
B面曲は後にジャニーズJr.がカバー。
- TOKYOプラスティック少年 c/w 見えない虚像 (1993年8月21日)
-
解散後にリリースされたシングル。
A面曲は、“東京”に関する楽曲を集めたコンピレーションアルバム『TOKYO 〜都制50周年記念アルバム〜』のために作られ、同年7月1日先行リリースされていた楽曲で、曲調はラップ。
作詞・作曲者の「ヤズカ」(アルバムでは「高橋ヤズカ」)とは、高橋一也のこと。
コンピレーションアルバムだと曲の長さは4分36秒だが、シングルでは4分6秒に短縮されている。
また、同日発売のアルバム『ロクデナシ』に収録されている『ジャニーズ A GO GO』は、当A面曲の歌詞違いとなっている。 更に、氣志團の別名義ユニット「木更津プラスティック少年帯」の名前は、当シングルがきっかけとなっている。
シングル売上推移 (オリコン調べ)
非売品プロモEP
- ロックよ、静かに流れよ −CROSSIN' HEART− c/w LONELY... (1988年2月)
-
当A面曲は、同年8月24日に男闘呼組がレコードデビューした際にカップリング曲として収録されたが、タイトル表記が若干変更され、『ロックよ静かに流れよ −Crossin' Heart−』となった。
- 秋 c/w 秋 〜IT'S A BALLAD〜 (正規盤リリース後の1989年になって作られた販促用プロモ)
- 翼なき疾走 c/w RESISTANCE (1989年)
- DON'T SLEEP c/w MY LIFE (1990年)
オリジナルアルバム
- 男闘呼組 (1988年9月26日。オリコン最高2位)
-
発売時のキャッチコピーは、「ワルだけど、悪かねェよ!」。
- 男闘呼組 二枚目 (1989年6月28日。オリコン最高2位。売上:23.7万枚)
- 参 (1990年3月28日。オリコン最高1位。ロンドンレコーディング作品)
- I'm Waiting 4 You (1991年2月21日。オリコン最高3位)
- 5の1・・・非現実・・・ (1992年6月21日。オリコン最高9位)
- 5の2・・・再認識・・・ (1992年7月22日。オリコン最高12位)
- 5の3・・・無現実・・・ (1992年8月21日。オリコン最高11位)
- ロクデナシ (1993年8月21日。オリコン最高35位)
-
解散後にリリースされたオリジナルアルバム。 収録曲『ジャニーズ A GO GO』は、
同日発売のシングル『TOKYOプラスティック少年』の歌詞違いであり、ロック色を前面に押し出したものになっている。
ベストアルバム
- BEST OF BALLADS (1992年12月2日)
- NEW BEST 男闘呼組 (1994年11月23日)
- HIT COLLECTION (1999年11月20日)
客演アルバム
成田昭次- SHOOT THE GUITARIST (1990年5月2日)
-
映画『ふうせん』のサウンドトラックアルバム。 ギターインスト曲『DAD & SON』の作曲、演奏を担当。
- ROCK LOVE (1992年9月9日)
-
元「GASTUNK」のTATSU(篠崎辰也)の1stアルバム。 収録曲『NOBODY KNOWS』の作詞、ボーカルを担当。
オムニバスアルバム
- TOKYO 〜都制50周年記念アルバム〜 (1993年7月1日)
-
“東京”に関する楽曲を集めたコンピレーションアルバム。『TOKYOプラスティック少年』を収録。
翌8月、男闘呼組のラストシングルとして発売。
作詞・作曲者の「高橋ヤズカ」(シングルでは「ヤズカ」)とは、高橋一也のこと。
コンピレーションアルバムだと曲の長さは4分36秒だが、シングルでは4分6秒に短縮されている。
また、氣志團の別名義ユニット「木更津プラスティック少年帯」の名前はこの曲がきっかけとなっている。
- 青春歌年鑑 ’88 BEST30 (2000年11月22日、2枚組) 『DAYBREAK』を収録
- 青春歌年鑑 ’89 BEST30 (2000年11月22日、2枚組) 『秋』を収録
- 続・青春歌年鑑 ’89 PLUS (2002年11月27日) 『TIME ZONE』を収録
- 続・青春歌年鑑 ’90 PLUS (2002年11月27日) 『DON'T SLEEP』を収録
- 青春歌年鑑 80年代総集編 (2004年11月3日) 『DAYBREAK』を収録
CD化されていない楽曲
- 明治製菓のチョコスナック「おばけランド」のCMソング (1985年)
- 誠 ほれたぜ (2ndバージョン。1985年)
- ちょっと待ってどこまでやるの! (『欽ちゃんのどこまでやるの!?』エンディングテーマ)
- フィクションストーリー (作詞・作曲:男闘呼組)
-
後に歌詞を変えて『勝負!』に改題。
- P.U.N.K
- Nowhere Fast (日本語訳版)
-
FIRE INC.のカバー。 元々は田原俊彦や少年隊が英語のままカバーしていた曲だったが、青木としおによる日本語訳版を男闘呼組が歌った。
但し一度テレビ番組にて、男闘呼組と少年隊のジョイントバージョンでの日本語訳版も披露された。
また、少年御三家、光GENJI、木村拓哉も、それぞれコンサートでカバーしている。
- 快感 AB NIGHT
- ほんの少しアバンチュール (1986年。前田はキーボードではなくパーカッション担当)
- TENSION! (当初のタイトルは「ZERO★TENSION」)
- STAND OUT ! ! (スロー・バージョン)
- 夜を撃て
-
『ギブUPまで待てない ! ! ワールドプロレスリング』オープニングテーマとして使用。
ただし、同番組のために作られた訳ではなく、それ以前からあった曲である。番組には一時期、男闘呼組も出演した。
なお、同番組のエンディングテーマとして使われた「Midnight Train」は、後に「DAYBREAK」のカップリング曲の一つに選ばれた。 - 勝負! (作詞・作曲:男闘呼組)
-
既存曲『フィクションストーリー』の歌詞違いバージョン。
- 禁断のエロキューション
- DETARAMEクレイジーナイト (『ヤンヤン歌うスタジオ』テーマ曲。作詞・作曲:男闘呼組)
- リパブリック讃歌 (『アイドル花組おとこ組』でも一度披露)
- 野性登場 (『ここんちプラネッと!』テーマ曲)
- 下から2番目の男 (成田ソロ。原曲:小山卓治)
- MONEY (高橋ソロ。原曲:浜田省吾)
- ジュリエットへの手紙 (岡本ソロ。原曲:田原俊彦)
- Change Of Heart (前田ソロ。原曲:シンディー・ローパー)
- シーサイド・バウンド (原曲:ザ・タイガース)
-
高橋一也の主演ドラマ『やったぜベイビー!』の主題歌だった縁でカバーした。
- E気持 (原曲:沖田浩之)
- 六本木心中 (原曲:アン・ルイス)
-
前田耕陽が出演していた連続ドラマ『トライアングル・ブルー』のエンディングテーマだった縁でカバーした。
- BAD BOY BLUES (原曲:ハウンド・ドッグ)
- Sister Christian (原曲:ナイト・レンジャー)
- You Give Love A Bad Name (岡本ソロ。原曲:ボン・ジョヴィ)
- SUMMER TIME BLUES (原曲:子供ばんど)
- CROSSIN' HEART (1987年)
-
男闘呼組の主演映画『ロックよ、静かに流れよ』の主題歌。
この曲は、1988年に『ロックよ、静かに流れよ −CROSSIN' HEART−』のタイトルで非売品EP化(品番:PR-118)、そして同年8月24日に『ロックよ静かに流れよ −Crossin' Heart−』のタイトルでリリースされてはいるが、映画での音源とは少し違うものになっている。
レコード化された音源は、1番のAメロ・Bメロが高橋、2番のAメロ・Bメロが岡本、サビは全て成田というボーカル構成だが、映画の本篇では、1番のBメロを高橋ではなく岡本が歌っている。 これは、曲の長さ的に映画の中では1番だけしか流すことが出来なかったため、3人の歌声を平等に聴かせるために特別に取られた処置だった (岡本以外のボーカルはレコード化されたものと全く同じ)。 この映画バージョン(岡本Bメロバージョン)の音源『CROSSIN' HEART』は一切レコード化・CD化されておらず、映画の中でしか聴くことが出来ない。 - 細胞愚
- 悪想急
- 他・・・
イントロやリフが似てると言われている楽曲
- 『ルート・
17 』 − 『Body Talk』 by, Ratt - 『ロックよ静かに流れよ −Crossin' Heart−』 − 『Love Bites』 by, Def Leppard
- 『LONELY...』 − 『Never Say Goodbye』 by, Bon Jovi
- 『明日への暴走』&『熱くささやかな叫び』 − 『You Give Love A Bad Name』 by, Bon Jovi
- 『Break The Law』 − 『Kickstart My Heart』 by, Motley Crue
- 『REIKO』 − 『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』 by, ダウン・タウン・ブギウギ・バンド (オマージュ)
- 『Party』 − 『My Sharona』 by, The Knack (オマージュ)
- 『ROLLIN' IN THE DARK』 − 『Doom and Groom』 by, The Rolling Stones (2012年発表曲)
ビデオ、DVD
- Made in U.S.A (1987年8月3日、VHS・Beta)
- BEST FRIEND (映画『ロックよ、静かに流れよ』のメイキングビデオ。1987年12月16日)
- Xing point (クロッシング・ポイント。トルコ共和国でのロケ作品。1988年2月18日)
- 少年武道館 〜 少年御三家・新春一番歌いぞめ (1988年3月18日)
- 少年武道館U (1988年10月30日)
- ENDLESS TRIP (1989年9月6日)
- Glico ORIGINAL VIDEO HELLO ! ! L.A.
-
(1989年。グリコ「アーモンドチョコレート」のCMメイキングビデオ。
チョコレートの応募券での抽選で配布された非売品)
- 男闘呼組 BIG TOUR ’89 in DOME
-
(@東京ドーム。78分。ビデオ:1989年11月21日、DVD:2003年11月26日)
- 男闘呼組 2,050,000秒の軌跡 (1990年8月24日。55分)
- 男闘呼組 LIVE IN YOKOHAMA 1991 vol.1 (1991年4月4日 @横浜アリーナ)
-
(55分。ビデオ:1991年7月21日、DVD:2003年11月26日)
- 男闘呼組 LIVE IN YOKOHAMA 1991 vol.2 (1991年4月4日 @横浜アリーナ)
-
(55分。ビデオ:1991年7月21日、DVD:2003年11月26日)
- 彼らと僕・私と自分はみんな仲よし (1992年11月1日。60分)
書籍
写真集
- East meets West (1988年1月、ポニカ出版)
ムック
- ロック派宣言 LIVE ライヴ らいぶ (1988年10月、音楽専科社、『ARENA37℃』臨時増刊)
- BREAK THE SILENCE (1989年9月27日発売、音楽専科社、『ARENA37℃』10月号臨時増刊)
-
成田昭次の兄の姿も掲載。 別冊付録のバンドスコア付き。
- NON STOP GETAWAY (1990年10月、音楽専科社、『ARENA37℃』10月号臨時増刊)
- ROUGH EDGES (1991年9月、音楽専科社、『ARENA37℃』9月号臨時増刊)
- OTOKO-GUMI LIVE TOUR 1992 (撮影:加藤正憲。モノクロ作品。1993年1月、学習研究社)
バンドスコア
- ROCK 2² BEAT CHILD (1988年、東京音楽書院)
-
『DAYBREAK』を掲載。 氷室京介、TM NETWORK、米米CLUBの曲との併載。
- Super Idol Rock Selection (1989年、ドレミ楽譜出版社)
- ROCK 2² BEAT CHILD→ (1989年、東京音楽書院)
-
『TIME ZONE』を掲載。 HOUND DOG、SHOW-YA、PERSONZの曲との併載。
- 男闘呼組 OFFICIAL BAND SCORE (1989年10月、音楽専科社)
-
『ARENA37℃』10月号臨時増刊の男闘呼組のムック『BREAK THE SILENCE』の別冊付録。
- ROCK 2² BEAT CHILD ’90 (1990年、東京音楽書院)
-
『DON'T SLEEP』を掲載。 小室哲哉、米米CLUB、小泉今日子の曲との併載。
- SUPER IDOL ROCK SELECTION (1998年12月、ドレミ楽譜出版社)
非売品パンフレット
- セイコーの腕時計「Avenue」のパンフレット 『TIME ZONE』 (1989年春)
-
通常の商品パンフレットとは違い、男闘呼組4人のプロフィールと、「極秘一発インタビュー」と題した4人のインタビューが掲載されている。
雑誌
- 日経エンタテインメント (2023年3月号、日経BP)
-
スペシャルインタビュー「こんな夢も見られるのだから」
- 他多数・・・
でたらめロックバンド
1984年の夏にジャニーズ事務所の合宿所で結成されたプライベートバンドで、男闘呼組の前々身に当たる。
メンバー
東京男組 (旧名:東京)
とうきょうおとこぐみ。 1984年12月結成。 男闘呼組の前身バンド。
結成時の名前は「東京」だったが、1985年2月に「東京男組」に改名 (当初の表記の予定は「東京・男組」)。
但し、各雑誌の撮影時期や発売時期の差によって、「東京」と「東京男組」の2つのグループ名が同時に存在するように見えてしまう事態にもなった。
最終的に7人編成のバンドにする予定だったが、紆余曲折の末に4人編成の「男闘呼組」となった。 詳しくは「概要」の欄を参照。
なお、当バンドよりも更に前身は、下記の「でたらめロックバンド」。
メンバー
- 成田昭次 (リードギター)
- 高橋一也 (ドラム)
- 岡本健一 (リズムギター)
- 遠藤直人 (キーボード。一部の雑誌で「サイドギター」と誤植)
- 守屋二郎 (ベースギター。特技:テニス)
- 前田耕陽 (「東京男組」から加入)
候補メンバー
出演CM
- 明治製菓 「アーモンドゴールド」 第1弾バージョン (1985年2月 - )
-
成田、高橋、岡本、遠藤、守屋の5名で出演。
オリジナル曲
Rockon Social Club
ロックオン・ソーシャル・クラブ。 略称:RSC。
2022年12月、元「JUN SKY WALKER(S)」のベーシスト・寺岡呼人プロデュースのもと結成された、男闘呼組の後身バンド。
メンバー
- 成田昭次 (ボーカル、リードギター)
- 高橋和也 (ボーカル、ベース)
- 岡本健一 (ボーカル、リードギター)
- 前田耕陽 (ボーカル、キーボード)
- 寺岡呼人 (リズムギター、コーラス。ジャニーズ事務所とは無関係)
- 青山英樹 (ドラム。ジャニーズ事務所とは無関係)
ディスコグラフィ
アルバム- 1988 (CD・配信:2023年3月1日)
-
収録曲の『遥か未来の君へ』(KURE 5-56のCMソング)は同年2月17日、『パズル』は2月24日に先行配信。
出演
音楽番組- CDTVライブ!ライブ! ☆2時間スペシャル☆ (2023年2月27日、TBS) 『遥か未来の君へ』を披露
- LOVE FLAP (2023年2月28日、FM大阪) 成田と寺岡がリモート生出演
- ミュージックライン (2023年3月6日、NHK-FM) 成田と寺岡が出演
- Tokyo Records Presents Rockon Social Club Secret Party
-
(2023年3月4日:Zepp Fukuoka、10日&11日:Zepp Osaka Bayside、18日:Zepp Nagoya、4月2日:Zepp Sapporo、7日&8日:Zepp Haneda)
- KURE 556 PRESENTS ROCKON SOCIAL CLUB 1988 (2023年5月6日、東京ガーデンシアター)
- 生配信ライブの告知動画 (2023年4月7日、Twitter「FANY」アカウント)[1]
- Tokyo Records Presents Rockon Social Club Secret Partyの生配信ライブ
-
(2023年4月8日、FANY。ライブ会場はZepp Haneda)
注釈
- ^ a b 当時ジャニーズJr.だった山崎正人が、合宿所にてその一連の現場を直接目撃している。 詳細は山崎が「木山将吾」名義で上梓した告発本『SMAPへ 〜 そして、すべてのジャニーズタレントへ』(2005年3月、鹿砦社)に記載。
関連項目
外部リンク
- 「男闘呼組 1988」 特設サイト (2022年7月16日 - )
- 男闘呼組 official store (2022年10月1日 - )
- 「男闘呼組 1988」 - Twitter (2022年7月16日 - )
- 男闘呼組 - マルベル堂
- Rockon Social Club
Text is available under



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